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超ホモ・サピエンス日記サテライト。

このブログはノンフィクションです。

MOTHER ゲームのほう。

 

私はRPGがどうも苦手で、もともとゲームのセンスが無いというか、ゲームに向いているタイプじゃないこともあり、あまりやりたいと思えなかった。

理由は簡単で、せっかちだから長い時間掛かるものが、ダメで。

好みは、ワンゲームごとにさっくり終わるやつ。

一番好きだったのは、IQ(だっけ?)せまりくる四角い箱から逃げるやつ。

そして、テトリステトリスは、ものすごくはまって、その目標は上位10位かなんかが記録されるんだけど、それを全部、上限の9999999…とかいう得点にするという自分ミッションを完遂した。

ようするに、一回、一回、きちんと完結できるものが好きなのだ。

 

高校のときの同級生に、「ドラクエとマザー、超おもしろいからやってみなよー」

と貸してもらって、はじめてやった。ドラクエはとりあえずこなし、疲れた。

なんか折角、貸してくれたのにやらないのは申し訳ないから、なんとかエンドまでいったが、どこが楽しいのかさっぱり分からなかった。

だから、MOTHERもとりあえず仁義のためにやらなけらばと想い、しばらく経った後、開始した。

 

はまった。

 

RPGは、MOTHER以外はちょっとやったが、すべて苦行だった。

 

んで、次は自分でMOTHER2を買った。

 

もっと、完璧にはまった。

これだけは、一生、心に刻まれていて、これはもう、ひとつの完璧な体験だった。

ただの仮想体験としてのゲームではなく、リアルな体と心を伴う体験だった。

 

そして、私の最も強烈な思い出が「フライングマン」だった。

フライングマンは、鳥型人間であんまり言葉も上手でない。

そんな不器用さが、逆に彼らに強い好感をもった。

見た目も結構グロテスク。どせいさんみたいに可愛くないし。

 

そして、私たちは「フライングマン」と別れる為に、出会うのだ。

別れたくない。彼らにしんでほしくない。

でも、出会って別れて、その行程を踏まなければ、ゲームは前に進まないのだ。

その現実の過酷さ、ゲームを作った人を何度、呪ったか分からない。

フライングマンのお墓が、出来るたび泣いた。

ひとつ、増えるたび、墓標を読んで泣いた。

 

涙もろい私なので、しょっちゅういろんなことに泣きますが

フライングマン喪失と、影の軍団で仲間がひとり、またひとりと減っていくときは

号泣、二大双璧として、若かった頃の思い出として、深く深く刻まれている。

 

そして、そんな喪失体験が、私の一期一会に対する深い思いに根ざしているのだろうと思う。これが大人になる過程に影響していることは、どう考えても間違いない。

 

MOTHER 1+2

MOTHER 1+2

 

 

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