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超ホモ・サピエンス日記サテライト。

このブログはノンフィクションです。

アーティストと、クリエイター。

今回は、ちょっと難解な文章になるかもしれません。

疲れている方、頭痛がする方は読まないほうがイイと思います。

 

アーティストと言う言葉は、なんだか馴染みのない言葉だなーとは思いますが、

これはアーティストという言葉でなければ・・・みたいな時があります。

 

完全私的個人基準なので、実際に正しいかどうかは分かりません。

以下、完全持論の展開となりますので、是非についてはどうかご容赦ください。

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クリエイターというのは、他者のイメージを形にするヒト。

アーティストというのは、自分のイメージを形にするヒト。

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今日の言わんとすることは、これで「以上!」と言う感じなのですが、このことについて掘り下げてみたいと思います。

 

クリエイターとアーティストは、全く成り立ちから動機から意図から、完全に逆といっても過言ではないし、そもそも混同されること自体がおかしいのですが、そういうことが良く日本の社会では起きているような気がします。なぜだろう…と思って、ちょっと考えてみました。

 

具体的な例を挙げると、たとえば、アーティスト気質のヒトは「作家になりたい」とは思いません。ある日突然、作品を作り始めます。

 

一方、クリエイター気質のヒトが「作家になりたい」と思ったら、勉強を始めると思う。作家になるためにはどうしたらいいか。と。

 

でも、実際、「作家」っていう職業は、やっぱり存在しないんですね!

いや。存在するんだ。するんですけど、しない。なぜか。

 

英語だとすんなり行くんだけど・・・writer【ライター】というのは作家です。

 

でも、日本で「ライター」というと、なんか記者とかコラムニスト?専門分野があったりなかったり様々ですが、そのレベルも様々だけど文章家ではないんですね。

そして、日本でライターの能力がある…とした場合、アーティストではないです。

つまり、クリエイターになります。

で、クリエイターは職業です。努力でなることは可能です。

 

英語だと、その日本でいう「ライター」はジャーナリストになるんじゃないかとおもいます。そして、海外だとジャーナリストとwriterを両方出来るヒトは多く存在します。

 

でも、日本で言う「ライター」って言う職業は、だんだん雑文家のような感じになっちゃってる。もちろん、立派なジャーナリストがライター的にコラムを寄稿することはあるけど、実際、ほとんどの雑文が大量に必要とされている今のネット環境で、ライター量産体制みたいなものが社会構造的にも立ち上がっちゃって、それで自己表現できたような気にさせられたりする逆転現象も起きている。

 

いや、ランサーズとかクラウドワークスを否定するものではないです。

多くの人たちが、じぶんの文章力で対価を得られる世界になったのは、

選択肢が増えたと言う意味で、素晴らしいことだと思っている。

 

ただ、私が懸念するのは、文章を書くことが出来る「アーティスト気質」のヒトが、

ライター的、クリエイター的仕事をすると、とてつもなく消耗します。

 

本来、出来ない事をやらなくてはいけないから。

 

奈良美智 YOSHITOMO NARA SELF-SELECTED WORKS PAINTINGS

奈良美智 YOSHITOMO NARA SELF-SELECTED WORKS PAINTINGS

 

 

かつて、イラストレーターの奈良美智さんが

「依頼されてイラストを書こうとした。でも、混乱してきてどうしたらいいのかわからなくなって、出来なかった。それですぐに断った」

ということをどこかで、おっしゃっていました。

それは、本当にほんとうで、アーティストが相手の要望に応えようとすると、

ちょっとおかしくなる。混乱する。

 

そして、それは本筋の本人のアートに混乱をきたして、壊すことになるから。

だから、自分の活動に悪影響となります。

例えば、生活のために作り続けているうちに、アーティストの人たちが、健康を害したり、浪費や散財、暴力的なことがおきたり、影響は様々ですが。

 


ヨルタモリ【黒柳徹子が来店】 15 04 19

あとは、若かりし頃、黒柳徹子さんが過労で倒れた。

そしてお医者さんに「やりたくない仕事をしていると、病気になる」と言われた。

それで轍子さんは

「わたし、病気になりたくないから、今後やりたくない事は、絶対やらない」

と決めたと言う、すばらしい逸話があります。それは、わがままではありません。

 

アーティストは、自分の中からしか、作品を生み出せません。

だから、まわりからの耳知識やおせっかいに惑わされず、孤独を恐れず、自分という孤立した存在と、とことん向き合う事を、是非、貫いてください。

それは本当に簡単な作業ではありません。が、個を深く深く深く突き詰めていくと、「普遍」になります。それが、人々に訴えかける「なにか大きな力」となります。

 

そして、ライターという職業も日本においては、とても必要な存在なのだと思います。

ライターにとって、重要になってくるのは、文章を書いてはいても「作家とは違う」という自己認識をはっきりと強く持つことだと思います。

ライターの目的は、「事実を伝える」ことです。表現ではありません。

相手のために、ライターの文章は存在するのです。

 

私は、そもそも、自己表現という意味がよく分かりません。

自己は自己でしか表現できません。

 

何かを生み出したら、それは「表現」ですが、それは「自己表現」ではありません。

しいて、たとえて言うならば・・・

 

【表現=自分の子供】のようなものです。

 

子供は、あなたから産み出されたものだけど、

あなたとイコールではなく、対等な別個な存在です。

 

なんだか、遠くまで来すぎちゃったな・・・えーーーと。

 

とにかく、言葉と言うものは、結構、信用できないものです。

言葉には、それぞれの人間の経験則や思い込み、それまでの人生が反映されていて、たとえば「愛」といった単語ひとつとっても、10人居れば、10個の「愛」が存在するといっても過言ではないです。

 

そのなかで、ライターは「言葉を使って」読み手に、自分の伝えたい事を伝えていかなくてはなりません。そのときその「言葉」の意味することろは、社会で流通している「言葉の意味」とは、すこし乖離があるかもしれないという意識を少し持ちながら、慎重に言語化していく必要があるかもしれないですね。すごく疲れるけど。まーそれも仕事に含まれているのかもしれないな。そう考えると、良いライターさんというのは多分とても親切な方だと思いますね。相手の身になって考えられるヒトの文章は読んでいて、とても気持ちがよく、また読みたいと思えるものです。ブログも多分そうなんだと思います。

ライター志望の方は、とても骨が折れるし大変だけど、多くの人の受け取りかた、考え方、感じ方を想定しながら文章を書いていくことになるでしょう。

 

でもね、あなたが真心をこめて真剣に文章を書けば、必ず、受け取り気のあるヒト、受け取ってくれるヒトは、どんな悪文章にも意図を受け取ってくれます。

 

でも、はなから受け取る気の無い人には、絶対にあなたのメッセージは伝わりません。

 

それでも、10人のうち3人に、届けばいいと思って!それで、充分なんだ。

チャレンジすれば、ゼロじゃない。それがだいじ。やらなきゃゼロだもん。

 

誤解しないでほしいのは、作家は、ライターの最上級ではない。

それぞれ、別々の能力を必要とします。どちらもプロであれば、素晴らしいことです。

 

自分にどちらの能力があるか、経験から見極めて、一日も早く、自分の人生をしっかり歩いていください。時は、金よりも、ずっとずっと、貴重です。

わたしも、あなたも、そう遠くない将来、消滅しますからね。

日々は永遠ではありません。今目の前にある、形ある何かに、後悔しないよう付き合ってください。

 

わたしは、アーティストであれ、クリエイターであれ、

本気で何かをしたいと思うひとたちを、心から応援しています。

 

がんばーれって、言っている!でっかい声で、言っている!聴こえるかい!?

がんばれー。(まあ、あんまり頑張りすぎるとろくなこと無いから、適当に(笑)

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