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超ホモ・サピエンス日記サテライト。

このブログはノンフィクションです。

自己肯定感について。


自己肯定感について考えていた。

ずっと、考えた。ひたすら、考えた。

 とりいそぎ、自分なりの説明をしてみようと思う。

 

【自己肯定感】【自尊心】こういった単語は、発達しょうがいや鬱、メンタルの問題。

そういったことに絡んで、よく目にする単語だ。

 

で、馴染みがあるわけだけれど、じっさいのその正体はなんなのか?

どういう成り立ちで、できあがっているのか。

 

私なりに、ひもといていこうと思います。

 

まず、結論から。

結論:ラックス、スーパーリッチ

以上。

 

 

では、さっぱりわけがわからないでしょう。そりゃ当然だ。

翻訳すると

 

わたしには、その価値があるから。

 

これに尽きると思います。

 わかるひとには、たぶんもうこれで、分かっていただけると思うんですが。

 

価値と言うのは、後付けのようなものです。

経験から、価値があると感じる。

または、他者から「これが価値があるものです」と提示される。

さらには、社会や、教育、親、その他諸々の、あなたよりも大きな存在が

「価値をつけてくる」んです。

 

で、幼少期から、イイことをしたら親に褒められたり、するわけで

自分の価値をはかっていく・・・のだと思うのですが

親も人間なので、本当に価値のあることを褒める場合もあれば

自分に都合の良いことを、褒めることもあるわけです。

 

で、それが積もり積もって自己肯定感や自尊心の基礎が形成されると思います。

ですから、自己肯定感というのが如何に「他者によって規定されてきたのか」によって、なにによって自分を「肯定できるか」と言うことに関わってきます。

 

たとえば、「良い子」とか「頭がいい」とか「出来が良い」とかそういう、結果を出したことを肯定しやすいと言う癖がつきます。

 

そして更に大人になると、今度は「社会の中で、価値付けされていく」ワケです。

 

んで、社会的に評価されることが、自尊心や自己評価と絡んでいくわけですけれど

ここで複雑になってくるのは、ほんとうの自己評価他者評価を、混同しやすいと言う問題だと思います。そして、自分の中には存在しないかもしれない他者というものも棲んでいます。その、自分の中の他者が、自分をも、価値付けします。失敗すれば、自分が自分を攻撃します。「それじゃだめだ」「肯定できない」だから、そういうとき、自己否定します。

 

 自己評価というものは、簡単に下がったり上がったりするものでは、ない。

本来はあり得ないことなんです。

 

でも、起きる。(こともある)

 

それはなにかというと、自分の行動の結果が、自分の価値をその都度、変更してしまうからにほかならない。通信簿のように。

 

でも、自己評価や自尊心は、ほんとうの根っこの部分を評価しているので

「命」を肯定すると言うことです。

 

自己肯定感とは、全ての「生」をそのままに受け入れると言うことです。

それは、行動の結果や、社会的地位、役割で埋めることの出来ないものです。

裸の自分に自信が持てないとき(というより裸の自分はたしかに無力です)なにか、別のチカラやモノ、他者の賞賛や他者の肯定です。

「あなたは間違ってない」って、誰かに言ってもらうこと。

 

でも、そんな言葉をいつもいつも他者が与えてくれるわけではない。

自分で、自分に、与えてあげなくてはいけないんです。

なぜなら、あなたの行いを全て知っているのは、自分だけだからです。

 

 

いま、ここに存在している、ひとつの命は、尊いものです。

それは、大原則である、そういう認識が必要なのではないかな・・・なんて思います。

 

他者の命も、等しく、尊い。

 

それが、

わたしには、その価値があるから。

【(これが自己肯定)ひいては自尊心かな。】

 

たとえみっともない失敗をして、ズンドコに落ちても

半端なく人に迷惑を掛けて、「二度と顔を見たくない」と言われた夜も

どんなときも。

そんな資格はないと思っても。

人に愛されることも、親切にされることも、やさしくされることも、

そのまま受け取ってください。

あなたには、その価値があるから。

(これは他者肯定)

 

八つ当たりしちゃって落ち込んだときも、かんしゃく起こしちゃって怒鳴っちゃっても

今日の失敗を、明日、取り戻すことは、生きてさえ居れば出来る(かもしれない)

出来ることはできるけど、出来ないことはできない(みんな、一緒)

出来ないことがあるからといって、あなたの価値には、なんら変わりがないんです。 

 

 だから、まず、そのまま、出来の悪い自分をそのままにして

ほっといていいんじゃないかなと、わたしはおもいます。

「わたしこういうところが、出来が悪いわー苦手分野だわー」と

事実をそのまま「知った」そうしたら、次に

「しょうがないわねー、だって人間なんだもん」と、開き直ってください。

 

アナ雪は、日本語に翻訳したとき

「ありのーままのー」となりましたが、

私は原文の意味を損なうものだと思っています。

 

「ありのままの、自分って何?」「ありのままの自分が、わからない」と思う人が、

少なからず、絶対に存在するのではないかと考えているので。

 

原文は「Let It GO !!!!」です。

これは「ほっといて」とかだと思います。

是非皆さん、「れりゴー!れりゴー♪」と歌って、自分にうるさくいってくる

自分の中の、こうるさい声を、無視しちゃってください。

 

 また、ヴァリエーションは沢山あります。同じ事を言っています。

 

「これで、いいのだ」(天才バカボン)赤塚不二雄RIP


1971 天才バカボン第1期 OP,ED

 

「let it be」(ビートルズ)みんな若いな・・・


Let It Be- The Beatles Lyrics........[lyrics in Description]

この世界を生きる 傷ついた人々が
答えはそこにある そう感じるのさ let it be

別れの日が 訪れても
また会えるチャンス まだ残っていて

答えは そこにあるのさ let it be

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心が、穏やかになることが、日々を穏やかにする。

そのあなたの心が、身の回りを、家族を、友人を、恋人を、穏やかにする。

そして、今日も笑ってくださいね。ぎゃはは。と。

先日、くすぐりあいっこを教えていただきました!

ナイス・アイディア!

コメディ映画なんかも、おススメですよん♪

 

 きょうもさ、あしたもさ、あさってもさ、ま、てきとうに頑張ろうぜ。

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