超ホモ・サピエンス日記サテライト。

このブログはノンフィクションです。

トラウマ。その2

 

www.huffingtonpost.jp

 

成熟と言うものは、一体、どういう過程を経て可能になるのだろうか。

人間が体験できることは、ほとんど限られているといっていい。

 

自分自身の、つたない経験の中で、自分の価値観と言うものは形作られていく。

その数少ない体験の中で、何を学び、何を取捨選択して、何を重要視していくのか・・・その一つ一つを、吟味していく為にはやはりもちろん経験しかない。

 

しかしながら、経験とは、ある種、能動的にも受動的も、「前向きに」向かうことが必要になってくるのだ。

 

育った環境がちがうから、セロリが嫌いなんだけど、どこかでセロリを嫌いじゃなくなる可能性。その可能性を否定しないこと。それが、前向きさ。

 

二度と立ち上がれないような、カラダが切り裂かれるような、そんな衝撃も。

生まれたときから、その環境で与え続けられて損なわれ続けた、自分自身も。

 

PTGにさえ、出来れば。

 

「むしろ、そのおかげで、私はこんなに大人になれたのだ」

 

そういうふうに、なれる。絶対に、なれる。

 

事実を「そのままに」目を逸らさずに、なんとしても、苦しみに耐え抜くこと。

苦しみに耐える能力。常に、揺らぐ、揺らぎながらも、その場で、間違った方向に行かないように、自分の足を大地に踏みしめて、立っていること。

 

立ち尽くして、いい。

何も出来なくて、いい。

 

そのままで、降り注ぐ苦しみに耐えられること。

 

そして、その苦しみは、必ずや、次の地平では、あなたにとって過程のひとつに過ぎず、しかしながら、再度、自分と言うものを作り上げる為の、大切な情報のひとつになりうるのだ。

 

数学で言えば、証明の途中。

 

 

ぼこぼこにならなければ、ぼこぼこにされなければ

あなたの強固な思い込みや、それまでの間違った常識は、覆されることはない。

 

願わくば、破壊的なこと無しに、常に自分を再構築できる(最新の状態にアップデートし続ける)ことが理想的だけど。

 

でも、「事が起きたら」きっと、それはあなたにとって、必要な何か。

 

たとえどんな、悲しみのそこに落ちても。

ひとはかならず、歩くのだから。

 

走らなくていい。歩くんでいい。

 

トラウマの先に、あなたの次の、ミッションがある。

かならず「再構築の過程」にまで、進んでください。

トラウマのその先には、あなた自身がもっと、自然で居られる場所が作られるはず。

 

PTSD は PTG へと、導かれて初めて、昇華される。

その意味を、分かるときがくる。信じていいよ!わたし、嘘つかないから。

 

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