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超ホモ・サピエンス日記サテライト。

このブログはノンフィクションです。

発達障害診断は、必要か否か。

最近、わたしの相方と、セカンドオピニオンを受けようかと話している。

わたしの相方は、ADHDなんですが、最近のDSMの基準はたびたび変っている。皆さんもご存知のとおり、いまは自閉スペクトラムADHDは並存できるのだ。

 

わたしの相方は、鈍感な一方で、過剰に敏感な部分もあり、私はスペクトラムのかなりの偏りを疑っている。そのあたりがはっきりすると、すごく今後もやりやすいなぁと思っていて。まあ、それは余談。

 

で、まあ、タイトルに戻りますが、どうなんだろう。

結局、個々の人それぞれの問題だと思います。

障害者手帳を手に入れることで、楽になる部分も大きいと思うので。

また障害者求人にも応募できるようにもなりますし。

それぞれが、それぞれの状況をよく考え、気持ちの問題なども考慮した上で

慎重にすれば、良いのだと思います。

考えること、話し合うことで、

診断を出しても、出さなくても、プラスになると思います。

 

実際、診断が降りた所で、何も変らない。

自分の能力や傾向は、変らない。

じぶんは、いままでどおりの自分。

そんな「じぶん」で、生きていくことには、なんら変わりがないのです。

 

ただし!それがはっきりすると「すごく楽になる」部分がある。

たぶん、絶対ある。

だって、理由が分かったんだもん!

理由が分かるってすごいことだよ!

 

「自分」と「問題」を、距離を置いて考えられるようになるんです。

自分と問題を切り離すことは、とても重要なことだと私は思います。

 

それまでは、「問題のある自分」とか、「問題を抱えた自分」だったのが

それは発達障害の問題」であって、

自分が悪いわけじゃなかったんだよ!

それが分かるだけで、すごく前進する。気持ちの上でも、大違いだね!!!

 

まあ結局単純に、選択の問題だと思います。自分達で決めること。

 

で、ひとつのケースとして。ウチの場合!というひとつのケースを。

こういう例もあります。

 

=============

私が、最初に感じた違和感。その原因は、はっきりしています。

 

同棲を始めた。しばらくしたら、夜中に

「ぎゃーーー。」

「うおわあああああーーー」

「やめてくれえええええーーーーー」

とかいって、暴れて、飛び起きるんですぞ。

毎晩ですぞ。なんなら、一晩に、にかいもさんかいもですぞ。

 

で、「なんか、覚えていないけど、怖い夢を見た(かも)」

とかいうんだなこれが。(ふざけんな)

 

ということで、もう、私はずっと寝不足で、寝られないし、おちつかないし

怖いし、(いや、成人男性のこれ超怖いんだよ)

そのうち、こっちが参ってきた。。。。。

 

わたしは、「こいつは絶対、精神病に違いない」と思っていたんですが

病院に行こうといっても、聞かないわけですな。まあ、当然。

 

んで、それからの紆余曲折は、割愛しますが

のちのち、それが子供に起きる「夜驚症」というものにそっくりだと言う事実にたどり着くわけです。ただし、それは、子供にのみ起きる症例。

 

んで、調べれば調べるほどね、発達障害なんですよ。それもトラウマの大きく関わるタイプの。そんでね、必死に言うわけですよ。わたしは。発達障害という単語とその特性をね・・・とにかく、時間が許す限り、自分で、ひたすら、いろいろ、調べて調べて調べて・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

当時はね、同じ立場のパートナーの話が聞きたいわけですよ。

 

「パートナーは、どのように接するのが、正しいのか!」

 ・やさしくすればいいのか

 ・叱っていいのか

 ・フォローしていいのか

 ・じぶんでやらせるのがいいのか

 ・甘やかしていいのか

 ・厳しくしていいのか

 

そういうのね、マジなかった。情報が。

こっちは、すぐに使える情報が欲しい訳です。

 

でも、ネット上にあるのは、カサンドラさん達の愚痴ばかりでした。

(ごめん、愚痴を吐くのはイイこと!

 でもそれは私には必要のない情報だったという意味で)

 

「愚痴はいらない。解決策がほしい」んで、試行錯誤試行錯誤試行錯誤。

 

どうして、自力でやったか!

 

ウチの相方(ADHD当事者)の言葉。

「生き方で、治療する」

(だから、病院とかいきたくない)

 

 (まあ、結局、診断だけ首に縄をつけられて行くんですけど)

 でも、周囲の人の理解と協力があれば、これが可能になります(たぶん)

仮に、どんなに素晴らしい主治医の方に、かかったとしても

この「意思」がなくては、生きやすくなることは無いと思います。

(ごめんなさい、沢山の当事者の方々を見てきて、そう実感します)

子供の療育と違い、大人の場合は基本的な対処は本人(とその周囲)にゆだねられますし、自助グループがあると入っても、特性次第で使えるものは変ってきます。他者はあくまでも「補助」に過ぎないわけです。

 

どこかの部分で、この意識を持つことを、どうかおすすめいたします。

今までどおりの行き方と、決別することはたいへんだけれども、

もしも、苦しんでいるのなら、自分の特性に嫌気がさしているのなら

この意識が、絶対に必要になると思います。

 

苦しみながら、生きるのであれば、全部、捨ててもいいんだよ。

じぶんがもしも、苦しんでいないのに問題が起きるとしたら

周りの人が苦しんでいるのかもしれないんだよ。

必要かどうか、自分の思い込みとも、戦ってみて!

 

周りの人は、あなたの味方です。

その味方が、敵に回ってしまう前に・・・

その味方に、この先も味方でいてもらう為に、

努力する気持ちを持ってください。

 

今日、たまたまみつけたんだけど。

私、ミッツ・マングローブさんが、だいすきで。

 

zasshi.news.yahoo.co.jp

 これによると、ミッツさんはLDと言うことになりますね。

 

わたし、初めてミッツさんを見て、すごくビックリして、ほんとうに素敵な人だと思って「5時に夢中」とかも見ていたんだけど、やっぱり思うのは、ほんとうにやさしい人だなあと。

これは、

 

yukisiratori.hatenablog.com

 

 

yukisiratori.hatenablog.com

 

こういう体験を経てもなお、前進すること。あきらめないこと。

そして、こういう体験をしたからこそ、今があるということを感じてほしいなって思います。

 

トラウマ。その1.

トラウマ。その2 でも書いたけど、辛い過去、生きづらい過去があったとしても、PTSDがPTGにまで至るような、そういう過程を通った人って、ほんとうにほんとうに、【やさしいひと】がおおいと感じるんです。

 

このやさしいっていうのは、そんなに簡単じゃなくて、多分、結構、ほんとーにひと握りくらいしか居ないと思うんだ、割合的に。

「やさしい」っていうのは「善人」って意味じゃない。

やさしいってこと。おおきいってこと。

あ、あと、西原理恵子氏も、とんでもなくやさしいひと。

クロさいばらとか、シロさいばらとかだけじゃなくて、ほんとうにヒトとして。

 

で、とにかく結論としては、やさしい人っていうのは、すばらしいのよ。

だから、みんなも、PTGしてね。

トラウマも含めて、あなただから。

 

そんで、いらないもん、捨てちゃってね、んでね、最終的に

「生き方で、治療する」

方向で、なにとぞ、ご検討の程、よろしくお願い致します。

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