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超ホモ・サピエンス日記サテライト。

このブログはノンフィクションです。

猿でもわかる、ポエムの人と、熱い人の見分け方。

2月に入ったら、多分忙しくなりそうなので

今のうちにやりたい事をじゃんじゃんやっておきたいと思う。

 

私が、最近頭を悩ましていることのひとつが「日本全国ポエム化現象」のことだ。これは、実際にメディアでも特集が組まれたりしているようなので、今更私のような素人が論じるのもおこがましいことだが、実際に被害を受けた当事者として、整理して、ポエム人種(以降ポエマー)について、まとめておこうと思う。

 

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 私はこれに、異論を唱える。そもそも自虐というのは、高度な知性と冷静な客観性を保たなくては、自慢と区別がつかない。

 

「私って、ブスだからぁ~」の、どこに会話して楽しい余地があるのか?

基本的にポエムに取り込まれやすいポエマーは、ほとんどの場合が知的レベルが高いとはいえないのではないだろうか?いや、それは、偏見かもしれない。ごめんなさい。

 

つまり、ポエムの問題点は「主語がない」ことである。主語のない言葉を使うと言うことは、主体性のないことの証明であり、その発言は、自己に言及するべきではない。

自虐の中にはおうおうにして本人の見解ではないことが多い。

そこには強固な自意識が隠されてダダもれていたりするものだ。

 

しかし、対象を表現するとき、主語がない場合も発生する。

 

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 中田さんはそもそも自分自身の言葉で、自分の状況を表現しようとしたのだと思う。

すくなくとも、「主語」がある。

 

 以下、引用

=====

──漢語でも、ベタな言葉を企業や若者が使い、「ポエム化」しているようです。NHKクローズアップ現代」で今年1月、「居酒屋 甲子園」というイベントが紹介されて話題になりました。居酒屋で働く若者たちが、「夢」「仲間」「絆」といった言葉を連呼して熱い思いを絶叫しています。

※例

夢はひとりで見るもんなんかじゃなくて、みんなで見るもんなんだ!
人は夢を持つから、熱く、熱く、生きられるんだ!

=====

大日本帝国かっ!

ポエムに万歳!

ポエムに万歳!

 

 

基本的に主語がある場合は「詩」でいいと思う。

個人的にどんな風にナルシズムに浸ろうが他人の口出すことではない。

 

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 ツイッターbot問題とも絡むと思うけど、想定された不特定多数の対象に向ける言葉と言うものは、商品であってもなくても賞賛やリアクションを求めるのが規定だから、仕事(もしくは趣味であっても)なんとしても、相手の反応を欲しがるゆえに、ポエム化しやすいのは必然だろう。私は、広告代理店で働いていた時期が合ったが、私もそうだった。だってそれが仕事だからな。意識せずに脳はポエムを生み出す(コピーのときは)言葉を使って「言葉」を骨抜きにする。それは骨を抜いてあげなくては、喉に刺さって痛いでしょ?だから、下処理しておきましたよ!

お・も・て・な・し

本来、主語があるはずの「ツイート」も、botが「主語をとっぱらって」言葉だけを使った時点で、それは「ポエム」となる。botがポエムしか撒き散らさず、読み手に不快感を与えるのも当然のことだ。そこには、主語がないのだから。

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そして、最終的に都築さんが結論を着地させている。

戦犯はメディアである事を明言している。

 

メディアと言うのは、なんなのか?さまざまなモノがあると思う。

わかりやすいものは、TVや新聞、ネット、そういったところで取り上げられたら、もうアウトだと言うことになってしまう。つまり、不特定多数に向けて放たれる際の「フィルター」これを通過した時点で、その「ポエム化」の危険性が高まる。

 

ポエム化には悪意がない。が、しかし、ポエムが文章に留まっているうちはいい。

問題は、ポエマーが行動するとき、である。

 

ポエマーは、変な行動をする。

それは、他者に不快感を与え、不可解さを感じさせる。

 

例を挙げよう。私は、この3ヶ月ほどの期間、動物愛護団体のストーキング行為、深夜の非通知電話、facebook上での嫌がらせ、メール。様々な形で、神経がおかしくなるかと言うほどの苦痛を与えられてきた。そのことは、完全に私は被害者であるのだが、その件はさておき、最悪の経験だった。

動物愛護団体についてのさまざまなイメージや、実態を無視した悪意ある批判には私は耳を貸さないが、私自身が先入観無しに彼らと真剣に関わった結果から言わせていただくと、大変な被害をもたらす可能性がある事は否めない。

覚悟のない方、自我の弱いかたは、個人で活動する事をおススメする。

もちろん簡単なことではないが、近々で神奈川の方で動物愛護活動をされる方の自死の事件があったばかりだ。わたしには、何も言えることはないが、ひとつだけ。

 

自分を守れない人間は、動物を守ることは、出来ない。

これだけは忘れないで欲しいと思う。

他者を救いたいなら、まず自分を救うことだ。

 

補足でいうと、動物愛護団体のトップは、かねてから存在する「カルト」に近い特徴を持っている。ただ、カルトの場合はわかりやすい。だからすぐにわかる。

問題になるのはその組織を形成している集団の方だ。とにかく、ほぼ全員といっていいほどポエムっぽいのだ。私は、ポエムである事を批判するつもりはなかったが、自分がこれだけの被害にあったのだ。世の中では、もっと多くの「不可解な人間関係」が構築されているにちがいない。

 

ポエムを与え続けている、メディアサイドはそのことに無自覚なのかもしれないが、この罪は大きい。これは、全ての社会問題と、根底でつながっていることでもあるからだ。物質的・資本主義的社会のガラスの天井が我々に迫ってきてから、かなりの年数になるであろう。だが、我々は若い世代に「ポエムで誤魔化す」くらいの対処法しか、与えられていないのだ。

 

私たちが、まだエネルギーをなんとか保っているうちに、せめて、ポエム以外の有効な「言葉」を持たない限り、これから先も「ポエマー」は増殖を続けるだろう。

そして、また、新たな形態へと発展し、更なる層も取り込む。

 

タイトルに戻ろう。

見分けかた。これは、

 

「メディアを通過したかどうか?」

「集団の言葉であるか?」

「一定の組織もしくは権威の総意であるか?」

「カリスマの言葉を、独り歩きさせたものかどうか?」

「主語があるかどうか?」

「その言葉に、責任を持って代償を支払っているか?」

「その言葉は、商業的なものか?」

 

これくらいかな?もっと特徴があるかもしれないけど。

私は、ポエムぽい事を言うように他者には映るかもしれない。

だが、身銭を切ってこの言葉を吐いている。そして、そういう人の文章とポエムを単純に真剣に読んで比較してみれば、違いがわかるはずだ。

 

日本には、もともとポエマー的な風土がある。もしかしたら国民性なのかもしれない。しかしそれでは、発展性がなさ過ぎる。さらには権威やカリスマにも弱い。現在の時点で、実は一番大きなメディア化をしている存在は糸井重里である。ひとりの人間がメディアしてしまった稀有な例だ。彼の発言は、個人の発言ではない。あるメディアの総意であり、ある現象を骨抜きにして利用する旗手である。これは彼に対する批判ではない。自分の頭と感性で、検証しながら、メディアの情報を選別すること。受身になるな。警戒しろ。

 

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