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超ホモ・サピエンス日記サテライト。

このブログはノンフィクションです。

座禅と坊主。

私が25歳くらいの頃だったと思うが、「座禅を組んでみたいな」と思って、自分で色々調べて禅寺に申込み、行ってきたことがある。

そのころ、なんか女性とかのあいだで「写経がブームです!」とかそういう空気があったんだよね。んで、いろいろ疲れていた私は、座禅とかって、頭がスッキリするのかも!とか思って。純粋に「やってみたい!」とおもた。

特に、事前知識もなく先入観もなく、好奇心も半分でわくわくしながら行って見た。

https://d3ftecjsng6jy5.cloudfront.net/images/topic/1276/content/7bcc28fd0b37cd645c961860f84381b8037e0258_p.jpeg(イメージ)

そこは、二代目の坊主の継いだ寺(禅寺だったのかな?宗派は覚えていない)だとかで、行ってみたら20人くらいはいたのかな?若い人がほとんどで、何人か40~50歳くらいのオバサンとオジサンがいた記憶がある。

わたしのような初体験ではなく、みなリピーターのようだった。名前で呼び合っていたから、なんかサークルみたいだなぁと感じた事を覚えている。

 

準備するものは特にほぼないけど参加費が500円だったか1000円だったかその程度で。あとは、ジャージとのこと。座禅組むのに、動きやすくてパンツ見えないようにって感じなのかな?で、私はジャージが好きでなくって持っていなかった。んで行く前にユニクロに寄って、買って行った。今後通うかもしれないし、2000円くらいまあ投資じゃな~と思って、ジャージを買うのは屈辱(笑)だったけど、まあ仕方ないなと。

 

ジャージに着替えて、皆で集まってまず軽く坊主の説法を聴き、準備ストレッチみたいなのをしてから、いよいよ座禅を組んで、すごく楽しかった。

 

坊主の説法とか、好きなんです。仏教のお話と課題好きなのでとても楽しかったし、正しい座禅の組み方を覚えられて、行って良かったと今でも思っています。

たまーに、いまでもやるけど、でもあれ、ヨガとか太極拳とかやるときに組み込むといいですよ。とにかく、なにもかんがえないだけ。なにもない。虚無になること。意識して虚無になるって矛盾だな。まーでも、何も考えないことと言うのはとても難しいので練習してみる価値はあるかなーと思う。

 

で、メインは滞りなく済んだんだけど、なぜかその後「お時間のある方は、どうぞ!」とか言われて(?)って思っていたら、皆でテーブルとか運んできて、おつまみとかビールとかが来て、なぜか飲み会が始まったの!!!

 

私はびっくりしたけど、なんかサークル的な空気があったのはこのせいか…と思って、素直に参加させていただいた。会社の飲み会もあんまり行きたくないのに、なんでこんな初めて会った人たちと飲み会やんなくちゃいけないんだろう…と思いながら。

 

で、私はせっかく参加するなら、まだ坊主の説法とか聞きたいなと思って、坊主の近くに座った。だって、寺でさ、座禅の後にいきなり飲み会が始まったら。何が始まるのかきになりますよね?ならない?私は気になるよ!

 

でさ、坊主の話をずっと聴いていたんだけど、なんか彼は自分が「坊主らしからぬ坊主」と言うキャラで売ってるみたいで(ごめん、多分結構有名な名物坊主さんだったのだと思う)私が知らなかっただけ。

 

かれは、特に仏教的な面白い深いお話も全然してくれなくて、なぜかずっと【サラリーマンの悪口】を言うのよ。延々と。それをね、座禅会に参加した人たち(主に若者)が「はい、はい・・・そうですよね・・・」って聞いてるの。で、私は頭がはてなでいっぱいになっていくよね、当然。

ずうっとずうううううっと黙って聞いていたけど、もう限界が来て「どうして、そんなにサラリーマンとかが嫌いなんですか?その根拠は?恨みでもあるんですか?彼らは彼らなりに頑張っているんですよ」って、わたしは言った。だって、私自身もそのときただのサラリーマンの一人に過ぎないし、同僚や先輩、後輩達だって、みんなひとりの人間だしさ、なんでサラリーマンとか会社員とかってだけで一絡げにされて、こんな世襲で寺を継いだ坊主に悪口を言われなくちゃいけないんだろうって、ものすごく腹が立った。

 

で、細かいやり取りは忘れたけど、なんか坊主が理屈にならない事を言っていたけど私はこうなったら仕方がないと思って、一つ一つ反論していった。

 

そうしたら、坊主に「お前は喧嘩売ってんのか?」って言われたから「喧嘩を売るきはないですけど、聞き捨てならない」って言ったら、「ふん」て顔をした。頭にきた。私はそこで本当に不思議だけど「何で私ココにいるんだろう」って思って、黙った。

そして、皆があっちを向いているあいだに、そっと静かに立ってその部屋を出た。

 

帰り道、あまりのことに呆然としながら、駅までの道を歩いていたと思う。そのときおこった事を頭の中で繰り返し考えながら、整理をしていた。今でも、時に思い出す。

腹も立っていたし、相当、頭にもきていた。

なんで、座禅を組みに行って、こんなに不快な気分になって帰ってこなくちゃいけないんだろうと思った。

 

でね、結論はね、私は平和主義者なんですけれど、どこかに行くと腹が立ったり、怒ったりすることがよくある。そして、この件では、なんと相手は坊さんだった。別に坊さんだからってガンジーマザーテレサのような人だろう…なんていう押し付けはしないけど、一体どういう理由で彼があんなに会社員をコケ下ろすのか、今でも釈然としない。何か理由があったんだと思う。具体的に彼がいやな思いをあの直前にしたのか、もしくは話を聞いている人たちのために、あの話をしていたのかもしれない。

 

でも、私が今でもはっきりとおぼえている印象は、その行為そのもの、あの場所の雰囲気、とてもとても不快で見苦しかった。

せめてそれをやりたいなら、寺の外に出て、キャバクラでも居酒屋でもいいから、坊主の袈裟を脱いでやって欲しかった。坊主を職業とするなら、それが筋だと思う。

なぜなら、坊主であると言うことで、坊主を代表することになる。

その坊主がマウンティングを(もしくはその誤解を)受けるような行為を自ら行ってどうする?信じられない。みっともない。

 

ひとりの人間だから、自由に発言すればいいと思う。「坊主だけど、こんなこともいっちゃうんだYO」っていう親近感とか持ってもらいたいとか、目的は色々あるのかもしれない。でも、私はとてもとてもがっかりしたし、二度と座禅を組みに寺に行く事をすることは無かった。

 

20歳くらいから、わたしのものを見る目は一切変わっていない。だからきっと、どんな人も20歳くらいで、全部見えるはず。全部感じるはず。眼力や感性は、変わらない。

 

あとは、応用力。

 

P.S.とにかく腹立つのが、手元に残ったジャージ。代金2000円くらい。腹立つわー。交通費より高いっちゅうねん(怒)扱いにとても困りましたが、そのうち泊まりにきた友人に着せ、そのまま彼女が喜んで引き取ってくれました。一件落着。

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