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超ホモ・サピエンス日記サテライト。

このブログはノンフィクションです。

マウンティング。

マウンティングってどうして起こるんだろうなって。

 

結論:自分をどこかに、属させるから。

 

以上。

 

以下、補足します。

 

ええっと、私は自己完結して生きているので、あんまりマウンティングされません。でも、ごくたまに、されちゃって、「えーーー、やだ、マウンティングされたよ~~まじ?」と驚きます。

 

こんな世捨て人の私でさえ、されるのだからきっと社会の中で働く多くの人々は、日常的にマンティングされまくり~の日々である事を考えると、とても気が遠くなる。

女性は社会で働くだけで、自動的にホステスであることを役割として振り当てられることはデフォルトですから、それもお給料にはいっていると思って、あきらめましょう。

 

でも、友人どおしの会話とかで、突然、マウンティングされるともう、金返せっておもいますよね?え、思わない?そうかー、皆さん、人間が出来ていらっしゃいます。

 

私はまず、あんまり物を知らないし人間が出来ていないので、すごく驚くし。なんで、こんな場面で自分の優位性を主張しなくちゃいけないのか?って驚く。でも、多分、もっと大きなものに自動的に言わされているんだと思う。たぶんね、どんな人も。自分の意思で「マウンティング」しているわけではない。自動機能。

 

例えば、ある個人と個人がマウンティングしあっているとしたら、その二人はライバル。でも、北島マヤ姫川亜弓さんはマウンティングしない。だって、自分の本業(演技を極めること)で忙しい。暇なライバルどおしでのプレイ。それがマウンティングしあうこと。

 

ある個人が、一方的にマウンティングしているのは、憧れもしくはコンプレックス。

その対象に、追いつきたい。もしくは、負けたくない。

 

そして、ほんとうは、個人と個人は「個」というものに帰結するので、マウンティングと言うのは、へんだ。ただのお互いのプレイだ。犬はマウンティングをするが、それがすなわち、ほんとうの意味での優位性を示す行動だとは私には感じられない。

ほんとうに強い犬は、逆に、特にマウンティングをしないから。

 

猿とか、熊とか、マウンティングするのかどうか飼っていないのでわかりません。

毛づくろいするよね、猿。あれはなんか微笑ましいけど、あれを人間に当てはめると、おべっか使ってんかな?ああ、おべっかも嫌いだな。

 

結局、マウンティングと言うのは、自分を「組織」「一族」「ある役割」など、数え上げればキリが無いけど、そういうところに「所属」させると起きてしまうような気がする。それで、それをしたくない人が、どうしたら簡単に出来るかと言えば・・・

 

自由でいること

 

これに尽きる。自分をどこにも所属させないこと(意識の上で)

実際に社会的にもフリーでいれば一番楽に出来るけど、でも社会的に肉体がどこかに属していても、意識すれば大丈夫だと思う。なるべく、自分の個というものを守ること。

集団になって、発言をしないこと。集団を代表するような自意識を、しりぞけること。

 

集団の場合は誰かのために、っていうマウンティングもあるし。なかなか複雑ですね。

 

でも、マウンティングされて楽しい人も、いい気分になる人も、居ないんじゃないかなぁ…これは、私の個人的意見なので、異を唱える人も居るだろうとは思うけど。

 

漫画家の蛭子さんは「自由」を重んじるかたで、私は彼の覚醒的な真実を突く言葉がすごく好き。彼はほんとうの事を言っているし、もはや思想に近いと思う。お金は大事だよねーほんとうだ。これからも沢山バスに乗って、それ以外にもバラエティーとか出て、沢山、稼いで欲しいと思う。でも、漫画も描いてね♪

 

私はマウンティングされるの、あんまり好きじゃない。

多分自分は、していないといいな・・・と思うけど。

でも、してるのかもしれない。気をつけなくっちゃ!

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