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超ホモ・サピエンス日記サテライト。

このブログはノンフィクションです。

ホラーの定義。

私は最近の読み物をよく知らないので、ジャパニーズ・ホラーといわれると

・いわずと知れた、鈴木光司さん

パラサイト・イヴの、瀬名 秀明さん

・黒い家の、貴志祐介さん

とかしか頭に浮かばない。

呪怨は原点がビデオ作品なのでスルー。

 

とりあえず、鈴木さんのインタビューを読んでみた。 

www.mag2.com

まぐスペインタビュー 鈴木光司さん - まぐまぐ

引用:

インタビュアー: 鈴木光司さんと言えば、ハリウッドでも映画化された「リング」。怖かったです! あの話のアイデアはどこから生まれたんですか?

鈴木光司さん: あれ、別にホラーのつもりで書いたんじゃないからね。(笑)ある時インスピレーションがあって、ものすごい面白い話が書けると思ったの。そのインスピレーションの正体もよくわかんないんだけれども、とにかく書き始めたの。

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ほうほう。前提として、ホラーじゃなかった。 

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鈴木光司(Koji Suzuki):作家/リング/ループ【スペシャルインタビュー/トロントWebタウン情報誌 bitslounge】

 

引用:

そんな、作家志望の塾の先生がホラー・ミステリー小説『リング』で一躍有名になる。
「ひょうたんからこま。びっくりだよ。初版のリングなんて全然売れなかったよ。これでいけると思ったのになぁって思ってたんだよね。そしたら、4年後に大ヒット。
でも「リング」は、俺の中では毛色が違うんだよね。元々、ファンタジーとかラブストーリーを書いてたからね。ただ、一つのジャンルにこだわりたくはないね。だから、目標とする作家もいない。大体、作家が誰かに憧れるなんてやっちゃダメなんだよ。と、いうのもね、必ず、自分は自分の世界を作らなきゃいけないんだよ。作家っていうのは、一人一人が自分を新興宗教の教祖だと思ってなきゃ。大嘘つくんだからね。『俺の作った世界はこう出来ている』っていうのを提示しなけりゃいけないのに、人が提示したことに巻き込まれていちゃいけないと思うよ」

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ふむふむ。自分の世界。世界を「提示」する。

 

鈴木光司の論理的眼差し~『リング』が問う、運命とは | Jukushin.com

 これ、引用しちゃいけなさそうなんだけど、とても興味深いので引用させていただきます。すみません。何かあれば、ご連絡ください。削除します。

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以下引用:

オカルトに興味は無かった。その趣向は「リング」の大々的ヒットを経験した後の現在に至っても変わらない。知覚に訴えるようなグロテスクな恐怖。そんなものに到底及ばないような恐怖の存在を経験上知っていたからである。荒れた海でのクルージング、プロの格闘家と本気で向き合った試合。ほんものの恐怖は常に現実、それも日常の中にあった。

~~中略

日本の「もののあはれ」が見落としてきた、有無を言わさない説得力を前にして、読者は想像せざるを得ない。小説「リング」と実世界、その奇妙なまでのリンク。そしてリングウイルス感染者となりうる、自らの立ち居地…

=====

つまり科学的、論理的な説得力が物語の展開上、ほぼ何の予備知識も無い読者にも説得力を持った展開、説明、根拠の描写が含まれる。であるからして、「有無を言わさない説得力」がある。

 

まあ、リングの場合は超能力と言う飛び道具を使っているので、完全に論理的な説明がなされているかというと、判断は個々の感性にゆだねられると思いますが、物語を読みすすめる上で「超能力と言うものが実在する」世界を、私たち読者は思わず受け入れてしまう、そんな力量を持っているお話なのではないかと思います。その前提を、読者は抵抗無く受け入れます。受け入れるにふさわしい舞台がそろっているのと、説得力があるからです。受け入れることにまったく抵抗は感じません。むしろ、自らその世界の中に諸手をあげて、頭から突っ込んでいきたくなります。能動的に入っていきます。

 

冒頭で挙げた、瀬名 秀明さんも最後はともかくとして、前半ではその著者ご本人の職業的裏打ちされた深い知識からミトコンドリアというものを、存在すらほとんど知らない読者に対して、ある程度うっすらした「そういうのがあるんだなー」ぐらいの情報をきちんと届けることに成功していると思います。「サイレント・イヴ」に関しては賛否あるようですが、生物学とイマジネーションの美しい融合があったと私は感じます。ミトコンドリアは私も好きな言葉ですね。とてもスペシャルな存在です。インディペンデントな存在ですので、確かに少し神秘。生物学を専攻した方なら、なんとなく伝わると思います。

 

さらに「黒い家」に至れば、おのずとわかります。自分自身が主人公であってもおかしくない舞台設定がそこにあります。だれもがそこに、身震いします。

 

身震いするもの。それはなにか。恐怖とはいったい何なのか。

 

私が考える恐怖とは「命を失う」危険を感じるということだと思います。

基本的に、そこを基礎として、膨れ上がる感情的肉体的反応ではないかと思います。

 

恐怖小説を書くことのできる人間は、恐怖に対する感受性が強い人間。おそらく臆病者、もしくは命の危険に身をさらした者であろうと思います。なぜなら、恐怖と言うものを体感的に感じた経験が必須であり、なおかつ、その腹の底からの震え、脚からは力が抜けて、がくがく・ブルブルと震える。気がつけば漏らしている。カラダはすくみ、背筋には冷たい汗が、尻の割れ目までしたたり落ちる。顔はゆがんでいて、もはや自分の顔だとは思えないほどに、表情すら板塀のように失われている。そして、本能的に自分の命が奪われそうな瞬間、その瞬間に対して、精神は研ぎ澄まされ、一瞬たりとも集中力を失わないように、体全体が危険信号に対して脳を平生の500%増しで、過集中させる・・・

 

そうでなくては、死んでしまうから。

 

私は、そういうのが、恐怖だと思う。

 

例えば、スティーブン・キングが大好きな私は、あのちょっと軟弱な感じの印象がすき。かれはきっと、怒りを作品にぶつけている。社会に対する、怒りと恐怖。生きるということの乱暴で汚れた仕組み。ベトナム戦争。社会の猥雑さ。暴力的な集団性。俗悪なモノは崇高な曇りなく澄んだ瞳からこそ、はっきりとその目に映し出されるものだ。

子供にとって、大人の世界は暴力に満ちている。

blogs.yahoo.co.jp

 無断で引用させていただきます。すみません。

私は、ホラーというジャンルに詳しくないただのふつうの人間ですので、彼のような(彼女なのか?)専門的考察の出来る方の意見を尊重させていただきます。

 

彼の考察は、私にもたいへん納得の出来るものでした。とても分かりやすくかつ、読んで面白かったです!

以下引用:

「恐怖を主題としたもの」→「ホラー」
「謎を主題としたもの」→「ミステリー」
「緊張感を主題とし、恐怖に重きを置いたもの」→「スリラー」
「緊張感を主題とし、謎に重きを置いたもの」→「サスペンス」

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ということで、いかがでしたでしょうか?

 

ホラー、もしくは恐怖小説の定義としては、とりあえず、私としては

「恐怖が主体になっている小説」とは・・・

 

それは読み手にとって、読んでいる最中、ほぼケイゾクして、

体感的・心理的恐怖を味わうものであること。

 

という定義では、間違っているでしょうか?

 

そして、そのジャンルを決定するのはその作品の受け取り手(の大部分の共通認識)によるものとなるはずですので、多くの人間が「恐怖を感じない」と言うことであれば、それはホラー小説とは呼べないと思います。

 

これが、私の考えることです。以上、結論。とその証明。

 

注:私はジャンルには、全くこだわりません。ホラーでなくてはいけないとも思いません。しかし、ホラーにしようとして怖くなかったら、それは失敗作です。

また、娯楽というものは非常に闊達とした高揚感やわくわく、未知のものへの好奇心、見たことも無い新しい壮大な仕掛け、そういうものが無くては、娯楽とはいえないと感じます。むしろ、娯楽とは大変にハードルの高いものであると思います。テーマや哲学と言うものは、ある世界観が完成された後に、結果的に自然発生的に浮かび上がってくるものです。

いまや娯楽性は小説以外のものの方が実現しやすいでしょうね、おそらく。沢山のものがありますからね。

人々は一冊の本を読む時間すらないのです。忙しすぎる日常がその喜びを味わう機会を奪っていることが出版不況の一因となっていることは疑問の余地も無いでしょう。

 

どんなものにも、どんな行為にも、どんな対象にも、哲学は見出そうとすれば見出せるはずです。ただ、テーマと言うものもほとんどが意図的に込めるものでもあり、作者と読者のコミュニケーションだと思います。その親切心が、ジェントルな姿勢が、サービス精神というものが少しでも欠ければ、作家のエゴの発露にもなりうるたいへん危険なモノだと言うのが、小説と言うものを自己表現だと捉えた場合に起こりうる事故だと思います。

 

その意図が無くても、そこに恐怖を描写したとしても

読者の身に迫ってこないものは、怖くありません。

また、自己保身ではありませんが、私は基本的に攻撃をすることを普段しません。

今回は誤解を受けていると感じましたので、正当に表現する以外に証明できないと感じました。わかっていただきたいのは、私は嘘をつくという行為は出来ないと言うことです。ほんとうの事しか、表現できません。

 

最後に、

http://www.jukushin.com/archives/1676www.jukushin.com

 このインタビューで、記者である谷田貝さんの描かれている一文を引用させていただきます。

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novelの語源は、newだという。

新しいものや、広い世界が描かれていなければ、それを小説とは呼べないのだろう。

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 ほう。newね。なるほど。

 

これから、作家になりたいと思われる方々は、皆さん、心と魂に刻んでくださいね。

あまりにもおこがましい発言は、ご自分の品位を落とすことになります。

自らの目の前にあることに、敬虔に真摯に向かわれてください。

その方にしか実現できないすばらしい創作の道に進まれますよう…

心から祈っております。

 

 

P.S.私の今、おススメするジャパニーズ・ホラーは、「天使の囀り」です!

タイトルからして、こわーい!!!ぞくぞく。映画化されないかな??? 

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