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超ホモ・サピエンス日記サテライト。

このブログはノンフィクションです。

消極のススメ。

久々に、発達しょうがいについて書いてみようと思います。

 

積極的、とか、ポジティブとか。消極的、とか、ネガティブとか。

よく言うじゃない。なんかそういうふうに、簡単に使うじゃない?

 

でも、ここで改めて考えてみたい。ほんとうに、

積極的:ポジティブで、

消極的:ネガティブで、

合っているのかしら?

 第一段階=============

消極的

主な英訳

inactive:アクティブでない

passive:受身の、(人・性質が)消極的な

unmotivated:動機の無い

negative:否定の

peaceful:穏やかな

 
とこれだけ、対応する単語が出て来ましたよ。
じゃ、今度は、例文の中から、人間に関する表現をする例文だけ探してみようかな。
 
  1. 消極的な意見 :Negative opinion
  2. 消極的な態度. :a negative attitude
  3. 中庸は消極的の徳である Moderation is a negative virtue.
  4. その理念は積極というより消極的Its ideal is negative rather than positive
  5. 消極的で陰気な性質 of a human personality, the characteristic of being negative and somber
  6. 彼は万事消極的だ. :He's passive in everything.
  7. 性格が消極的なさま :(of a person) being passive
  8. 彼は何をするにも消極的だ。He is passive in everything.
  9. 観察は消極的な科学であり、実験は積極な科学である。 :Observation is a passive science, experimentation an active science.
  10. 文部省は英才教育導入に消極的である. :The Ministry of Education is reluctant to introduce special education for gifted children. 
  11. 彼は積極の性質だが弟は消極的 :He is of progressive character while his brother is of conservative character.
  12. 私は始めから消極的な質問をしてすみません。:I apologize for asking pessimistic questions from the get-go.
 
でここで、1~5までの、 ネガティブ(negative)について考えちゃる。
①消極的な意見
②消極的な態度.
③中庸は消極的の徳である 
④その理念は積極というより消極的
⑤消極的で陰気な性質 
①~④までは、「意見」や「態度」、「徳」やら「理念」といった、あるひとつの概念というかそういう物について言っていて、「人間の性質」そのものに言及しているわけではない。唯一、⑤で性質について言っているけどさ、これは「その人間から、その性質の要素にフォーカスして、それだけについて、語っている」ように見えませんか?
 
 
次。6~9の パッシブ(passive)。
⑥彼は万事消極的だ. 
⑦性格が消極的なさま 
⑧彼は何をするにも消極的だ。
⑨観察は消極的な科学であり、実験は積極な科学である。 
⑨以外は、人に対して言ってますよね。性質とか。⑨でわかるように、コレは科学を少し擬人化することで【パッシブ ⇔ アクティブ】の対立する状態としてる。
で、ここで言う「アクティブ」は「能動的な」という意味でいいんだと思う。
だとすると、passive(パッシブ」は「受動的な」という感じかな?
 
で、⑩。 リラクタント(reluctant)。
 文部省は英才教育導入に消極的である
これは「気乗りしない」なんだって!あんま、聞かない単語。
なんかね、他の類語とくらべると、義務感が強いみたい。
「やりたくないけど、やらなきゃいけないから、しぶしぶ・・」とかって
なんだか日本的に、よくありそうなシチュエーションのイメージ。
 
⑪。これは、 コンサバ(conservative) ですね。
 彼は積極的の性質だが弟は消極的だ
 conservative character。コンサバ・キャラ。保守的っていうような感じ?
 
 ⑫。pessimistic ペシミスティック。
 私は始めから消極的な質問をしてすみません。
これは、もう「悲観的」だよね。
ペシミスト=pessimist からでいいんじゃない?
 
 
で、こう考えると、人に対して
「君はネガティブな人間だ」って簡単に言うのは、
ちょっと意味がズレて来るんじゃないかと、私は思うんですよ。
 

第二段階=============

で、negativeについて、もうちょっと詳しく調べてみよう。

negative

 

音声を聞く

音節neg・a・tive

発音記号/négəṭɪv/

 
形容詞

 1  (⇔affirmative)

  b 反対の拒否の.

  c〈命令など〉禁止的な.

 4  (⇔positive)

  a【数学負のマイナスの

  b【電気】 陰電気の,負の.

  c【医学】〈反応の結果が〉陰性の.

  d【写真】 陰画の.

名詞 

 1 可算名詞 否定(); 否定命題 (⇔affirmative).

 2 可算名詞 拒否拒絶否定(の答え).

 3 可算名詞

  a【数学】 負数.

  b【電気】 陰電気; (電池の)陰極板.

  c【写真】 原板陰画ネガ.

※名詞としての「negative」のイディオムやフレーズ
動詞 他動詞
in the négative

 1〈動議候補などを〉拒否[否決]する.

 2〈…を〉反証する,反論する; 〈…を〉無効にする.

 ****************************
 と、赤文字に注目してください!
形容詞の2で、確かに「消極的な」と出てはいますが、ほかの意味を見ると
むしろ、悲観的だとか、控えめというような類語なんですよね。
 
でね、その下の4。ここで、反対語は「ポジティブ (⇔positive)」になってるだよ。
 ね!?でね、ソコを見ると全部、消極的って言う意味でのネガティブじゃないんだよね、「マイナスの」とか「負の」って意味であって、これはよく「写真のネガ」みたいな(ああ、今はデジカメ時代だから、ネガって言われても分からん人もいるか)そういうののことだよと、思うんですよっとやっとココまで来ましたよ♪ながいな。
 
 
第三段階=============
 
①そもそも間違いの発端は
 ポジティブ ⇔ ネガティブ : 陽性 ⇔ 陰性
 という相反する関係だけを、見た。
 
②で次に、ポジティブの意味の「前向き」みたいな「自信に満ちた」とか
 そういう意味が「積極的」と、決定された。
 
んで、じゃー、
ポジティブ ⇔ ネガティブ : 積極的 ⇔ の逆なら、消極的?
みたいな、短絡した浅知恵で、
消極的=ネガティブ
みたくなって、なんか、ネガティブの方が頻繁に使われるようになってしまった。
なんか、和製英語みたいな。感じで。
 
これまたネガティブが実際に近しい意味を持つから、思わず納得しちゃいそうになるけど、私が思うに、消極的は、別に、絶対、ネガティブじゃないぞ。
 
ネガティブから考えた時、ネガティブな人っていうのは、
暗い。悲観的。否定的。なイメージ。
 
でも、私が思うに消極的って言うことの言わんとすることは、
アクティブじゃないって事の方が、もっと正確な感じがする。
 
消極的な明るい人って、別にたくさんいるでしょ?
おとなしくって、ひとりでニコニコ遊んでる子、いるじゃん。
一人でいるのが、悪いことだなんて、大間違いだよ。
消極的だからって、暗い考えに取り付かれているわけじゃない。
アクションとして、表現できないと言うだけで、どうしてネガティブになるの?
 
そして、ネガティブという言葉からイメージされるいろんな事
こんどは、消極的の意味を、逆に規定するようになってしまったように思う。
 
つまり、ネガティブのイメージ → 消極的。
 
第四段階=============
 
でね、まず、消極的という、日本語の方から考え見ましょう。
いっかい、ネガティブ忘れてね。
 
そうすると

しょう きょくてき 【消極的】( 形動

 となるわけです。

 
自分から進んで働きかけようとしないのは、暗い考えに取り付かれて、自分を否定しているから、そうしないんじゃなくて、恥ずかしいからとか、しゃしゃり出るのも失礼かもしれないとか、相手の行動を見てから決めようだったりとか、色んな理由があると思うんですよ。
決して、暗いとか後ろ向きだとか、ましてや生命力が無いからではないですよね?
とてもよくよく考えてから、慎重に行動に移す子もいれば、思った事をすぐやっちゃう子もいる。それは、どちらが良い悪いではなくて、そういう性質の問題と思うんです。
で、それが「自然な」性質から来ることであれば(例えば、他者の目を気にして意図的にそうする、とかじゃなければ)はっきり言って、
どっちでもいいんですよ、多分。
積極的でも、消極的でも、どっちでもいい。
そんなことはね、どーでもいいんです。
タイプが違うだけ。
 
で、タイプが違うって事を、別にそのまま、受け入れることの方が
よっぽど意味が在るような気がするんですよ。
別に深く理由を、策定する必要がそもそも無いと思うんですね。
理由や原因が分かれば安心も出来るし、ほっとするけど、完璧に理由を判明させることって、現在進行形の人間にとっては、無理だと思うんですよね。
死んだ後なら司法解剖したりして、脳の構造だの、なんだの色々、分かる事実はあるのかもしれないですけれど、生きてるんだから、いくらでも変わるんです。
成長もすれば、進化もするんです。
 
第五段階=============
 
発達しょうがいで、あるっていうことがわかったとしても
それ自体は、正解を与えてくれるわけじゃないんですよ。
 
結局の所、やっぱり変な話、一生模索するような、一生、探し続けるような、
もっと楽になりたい、だから、もうちょっと上手い方法探して、工夫して
それでも、なんども繰り返す失敗を、またやっちゃたりするようなことも、
珍しいことではなくて日常的なヒトコマなんですよね。
 
特にね、結局、ADHDと、自閉スペクトラムは今は並存できるわけだし、ADDだとかね、場面緘黙だとかね、もう、探し始めれば、いろいろあるわけで、そういうのが入り混じって、もう虹色の世界。いろんな色の人たちが、いるわけです。
 
同じADHDでも、細かく見てると似てるけど印象はぜんぜん違うってのもざらだしね、
自閉スペクトラムとったって、なんか、それぞれのキャラ、みんな違うっしょ?
バラエティ、富んでるんですよ。そもそも。
 
で、私はこういうことの場合は、原因を探るより、良い結果の出たことの方に、着目するべきだと思うんです。つまり、実験を数限りなく繰り返す。
 
そのためには、条件があります。
なるべく、素のままの自分で、実験することです。
長所を伸ばすことというのは、まず、自分を放置してみないと、わからない。
短所は、人から指摘されるので、分かってる場合が多いんです。
 
でも、ここで、やっと冒頭に戻れますが、日本のみならず、世界共通に、
積極的な人の方が、得をします。
 それは、そういう風になっている。
 
だから、親は子供に、出来れば積極的に生きて欲しいと自然に思う。なぜなら
「子供に得をさせたいから」です。
 
でも、何でもやればいいというものではないし、
損することによってしか得られないものもあるんです。
 
で、発達しょうがいの場合は、やっぱり多少、目立ちます。
もちろん、目立つのが好きなタイプもいます。
でも、どちらかというと、私は、ひとまず、消極的になるっていうことも
ひとつの有効な作戦なんじゃないかと、思っているんです。
 
それは、何を言いたいのかというと、
「こそこそしろ」って意味じゃありません。
 
発達しょうがいには、まず、論理を構築することが、とっても大事なことだと思うんです。世の中は、論理だけでは、動いていないです。それは事実です。
理論で武装しろってわけじゃない。
 
発達しょうがい当事者にとっては、論理を叩き込むことは、とても良い効果をもたらすと、私は思っているし、実際それ以外にほとんど対処法なんて無いのではないかと、真剣に考えています。なぜかというと、発達しょうがいが社会性を持つ上において、一番ネックになるのは、「相手の心や気持ちを、想像することが難しい」ということだと思うんですけど、じゃあ、どうやってそこを補うかって言うと、これはもう場数を踏むしかない。だけど、場数を踏む前に、ある程度、理論的に、建設的に、頭の中とかを整理できるだけの論理とか思考法とか、そういう癖をつけておくと、かなり楽に出来ると思うんです。で、その癖のつけ方は、もう人間の数ほどあると思うんです。
でも、論理って言うのは、基本的には、ひとつしか無いんです。
ある意味で、普遍とも言える。で、その基本を、自分用にアレンジして、適用させるんです。なんか上手く言えないな。
 
でも、ベースに理論的に考えることを置いて無いと、全部、関連性なくバラバラに存在しちゃうんですね、たぶん。それぞれにも関連性があるはずなのに(たとえば共通項とか)起きた物事とかから、統計なり、傾向を取っていけるのは、自分だけだし、自分なりのやり方で良いから、世界の動き方、世界の反応の仕方って言うものをある程度、「理論的に」把握できている方が、そりゃーもー、ストレスは格段に減ります。
 
でも、論理を理解し、納得できて、自分でも論理的に行動できるようになるまでは、時間がかかります。その時間、余計なことに煩わされないで、冷静で落ち着いた環境を必要とすると思います。ただでさえ、慌しい世の中、情報の早過ぎる世の中、ただ生きて社会に存在しているだけでも、ほんとうに刺激・情報が多いんです。
 
でね、消極の時間を持つことで、クールダウンできる。
活動的な場合よりも、疲れやすい頭や体を、より休めることが出来るんです。
 
それに、消極的なブランク(つまり、行動する前のヒト呼吸ぐらいでも良いから)を持つことによって、ずいぶん、失敗が減ります。
これは、失敗が一個減るだけで、ものすごーく楽ですよ。
失敗を、取り戻すことって、ちょう疲れるから。
 
あとね、物事をより深く考えてみたり、誠実な対応をするのには、アクティブに行動に体を捧げちゃうと、出来ない。頭だって体の一部分なんだから。行動に100%のエネルギー使っちゃ、頭はお留守です。体50%、頭50%くらいだったら、いいバランスでいけるかもしれないけど。例えばウォーキングとかね。
 
さいごに=============
 
結局、なにが伝えたいことなのかっていうとですね、
積極的でも、消極的でも、どっちでも良いってことです。
みんな、しばらくそうしていれば「あなたはそういう人なんだな」って、
そのうち勝手に慣れてくれるから大丈夫。
あなたの本当のやりやすい方法で、そのまま他者にも堂々として、居て欲しい。
 
やりやすい方法っていうのは、楽なほうです。
そうしてるほうが、楽だな・・・ってのが、あなたの本来のタイプだと思う。
楽だなって感じる事は、怠惰なことじゃないよ!自然な状態です。
 
でね、積極的なヒトは、アクションした後に還ってきた現実が、色々教えてくれる。
消極的なヒトは、いろいろなことを妄想しているあいだに、深く深く自分を理解することもあるかもしれないし、簡単には出せない答えに向き合っていく心の下地みたいなものが出来上がります。下準備が出来たら、いつか動いてみよう。
その気持ちで、消極的に楽しく、いろんな事をやってみて下さい。
 
「消極的なんてダメだ」なんていってくる人には、とりあえずにっこり笑って、消極的の素晴らしさを分かってもらうチャンスが来るのを、虎視眈々を待ちましょう。
(ま、一生来ないかも知れないけど、来るかもしれない・・・笑)
 
発達しょうがい当事者は、自分達のことばかり考えてしまいやすい傾向があって、でも定型発達の人たちにとってだって、生きるっていう事は、結構ハードなモノなんですよ。けっして楽なことじゃない。生きるって言うのが、楽なことじゃないことに関しては、本当はどちらにとっても、おんなじ共通体験なんです。本来は共感し合えることなんです。細部はちがうけどね「大変ね~」っていう感想は一緒。まー、マウンティングが始まるとそーも言ってられないけどね、めんどくさくて(笑)どっちが大変か競争になっちゃうから。
 
あと、「消極的がダメ」なんていう紋切り型の人は、いつか派手に転んだりしますから、そういう時は、やさしく対応してあげてください。世界には、たくさんのタイプの人たちがいて、それぞれの得意分野で、力を発揮しあって、世界は中庸を守っているのですから。
 
 
世界中が積極的なヒトばかりなんて、私は怖い。
国民が全員、光輝いている国なんかに、私は住みたくない。
なんか疲れるし、まぶし過ぎるんじゃないか!?
 
だれかは太陽のように、
ほかのだれかは月のように。
そして、私は、星がいい。
星みたいに、ちいさく、光っているくらいで、ちょうどいい。
 
 
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